祭のマナーと作法 事始め

事始め

正月二日に書き初め、初盆

一年の事始め、物始めは、元旦ではなく正月二日に始めます。昔は武家が弓始め(弓場始め、的始めともいう)をして、商家では初荷、初商、初買い(買い始め)などが行なわれていました。仕事始め、ことに官庁の場合は、御用始めも二日に行なうのがしきたりでした。現在では、ほとんど三が日が明けてから行なわれるようになっています。農家の鍬初めは正月十一日に祝われました。
事始めで、現在も二日に行なわれているのが、書き初めです。その年の恵方に向かって正座をし、心を鎮めてめでたい字や文を筆で書きます。吉書始めともいいます。
茶道の初釜(立初め)、踊り初め、琴などの弾き初めなども、二日から始めると上達が早いといわれています。一般に芸事、稽古事は松の内に始めるところが多いようです。

初夢は元旦の夜、二日の夜?

初夢は、一般には元旦の夜から二日にかけて見る夢といわれていますが、実はいろいろな説があります。もともとは、除夜の夜に見る夢が初夢と考えられましたが、除夜には眠らない習慣から、江戸時代中期から元旦の夜に見る夢とするようになりました。そして事始めの習慣と結びついて、二日の夜に見る夢を初夢というようになったといわれています。
室町時代から、宝船(七福神と宝物を積んだ船の絵)を敷いて寝るとめでたい初夢が見られるという風習が広まり、江戸時代には宝船売りが流行して、現在でも七福神詣が行なわれています。

七草がゆ

七草がゆは二種類ある

正月は五節供の「人日」であり、七草の節句、七草の祝いとも呼ばれ、七草は正月七日の別称でした。
七草がゆを食べる習慣は古くからあり、朝廷では、七草がゆを神前に供えて食べて儀式を行なっていました。
七草がゆというのは二種類あります。  七草とは「七種」とも書き、七種類という意味です。
米(こめ)、麦(むぎ)、稗(ひえ)、粟(あわ)、黍(きび)の五穀に小豆(あずき)、胡麻(ごま)を加えたもので、五穀豊穣を祈願して七草がゆを食べました。この七草がゆは、その後、小豆がゆとして、一月十五日の小正月に食べられる習慣が今も残っています。
七種類の若菜、つまり春の七草を入れた七草がゆの行事となったのは平安時代からで、それが、五節供、五節句となって、公家や武家、そして庶民間にも広まっていきました。

春の七草とは、


名 前
現在の名前
科 名
芹(せり)
セリ科
薺(なずな)
薺(ぺんぺん草)
アブラナ科
御形(ごぎょう)
母子草(ははこぐさ)
キク科
繁縷(はこべら)
繁縷(はこべ)
ナデシコ科
仏の座(ほとけのざ)
小鬼田平子(こおにたびらこ)
キク科
菘(すずな)
蕪(かぶ)
アブラナ科
蘿蔔(すずしろ)
大根(だいこん)
アブラナ科

「七草ばやし」を歌いながら

正月六日の夜遅く、

「七草ななづな、唐土の鳥と、日本の鳥と、渡らぬ先になづな、はやしてと・・・・・・」
と「七草囃(ななくさのはやし)」を歌いながら、春の七草をまな板の上でトントンとたたいて細かく刻み、七日の朝、七草がゆを食べたものです。
七草がゆは万病を除くと伝えられ、健康を祈って食べました。
雑煮、お節料理、祝い酒で疲れた胃腸を休ませる意味もあります。
春の七草は、新暦の正月ではそろいにくい が、スーパーやデパートでセットで売られるようになりました。それでもそろわなければ、京采、小松菜などで代用します。

正月のあと始末

松飾りをはずす日

元旦から七日までを「松の内」といい、十五日までを「小正月」といいます。小正月は女性が家事から開放されてのんびりできることから「女正月」ともいいます。
正月飾りをはずす日は地方によって違いますが、「松がとれる」という意味で松の内の最後の正月七日のところもあれば、小正月の終わりの正月十五日のところもあります。
大きな門松は植木屋がはずしてくれます。普通の門松、しめ飾り、書き初めなどは、十五日に片づけるのが一般的です。

どんどん焼き

一般的に一月十四日の朝か十五日の朝、神社や寺院の境内に正月の松飾りが集められて燃やす火祭が「どんどん焼き」です。「左義長」とも呼ばれます。門松、しめ飾りのほか、前年のお札、書き初めなどが燃やされます。書き初めを火にかざして高く上がると字が上達するという言い伝えは、全国的にあります。
この火祭の煙にのって、歳徳神が正月を終えて天上に帰ると信じられ、この火に体をかざしたり、この火で焼いた餅を食べると無病息災が得られるといわれています。
「左義長」の語源は、平安時代の記録に、宮中や公家が正月行事として「三毬杖(さんきゅうじょう)」の火祭を行なわれたことから生まれました。「三毬杖」がなまって「左義長」になったといわれています。火鈎(ひかぎ)をかけたり、物干し竿をかけたりする際に三本の木や竹を組むことを“サギッチョ”といいますが、これは「三毬杖」のなまりで、「左義長」という字があてられるようになりました。
地方によって小屋を作り、子ども達が前夜から泊まり込み、最後に小屋も焼き払うところもあります。
近所でどんどん焼きが行なわれなくなりましたら、自宅の庭で焼くか小さく切ってゴミの回収日に出します。

鏡開き

正月十一日に、飾りつけた鏡餅をおろして、手でむしるか金づちで割り、汁粉や雑煮にして食べます。「鏡あげ」「鏡ならし」「年おろし」などともいいます。手や金づちで“割る”ことをめでたい言葉で“開く”と表現するよに、縁起物なので庖丁などで、“切る”のはタブーとされています。
昔は、将軍家に重臣や諸大名が参上すると、鏡餅の破片と酒がふるまわれ、主従の絆を深める意味もありました。今では、武道の道場開きとして鏡開きが行なわれ、みんなに汁粉や雑煮がふるまわれます。
正月十一日が一般的ですが、十五日、二十日に行なう地方もあります。

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