祭のマナーと作法 大晦日

大晦日

正月を迎える準備

正月を迎えるための準備には、いえの内外の大掃除、正月用の晴れ着の準備のほか、正月の行事のための準備、たとえば正月料理、正月飾りの準備などがあります。正月飾りや正月料理の内容については、正月の行事の項目で詳しく説明してあります。ことにお節料理など短時間でできるものではありません。年の暮れからスケジュールを立てて、少しづつ片づけていかなければなりません。
昔は「事始めの日」つまり正月の準備を始める日は十二月十三日で、この日に「「すす払い」をしましたが、最近では、二十五日を過ぎてから始めるのが一般的になりました。
準備のうち、餅つき、正月飾りを二十九日に行なうのはタブーとされています。「九」が「苦」に通じ、餅は「苦餅」「苦をつく」として、また門松は「苦待」として忌み嫌われていますので、二十八日までに済ませたいものです。また、三十一日は「一夜飾り」として忌み嫌われます。葬式飾りは「一夜飾り」なので、めでたい正月飾りには避けられます。お節料理の中には、ぎりぎりに作るものもありますが、遅くとも大晦日の夕方までには終り、ゆっくりとした気分で新年を迎えます。

大晦日は起き明かす風習

大晦日は「おおつごもり」といいます。「つごもり」は「月隠」の短縮語で、陰暦の月が隠れて出てこない月の最終日(みそか)のことです。十二月の場合は年の最終日のみそかなので、特に「おおつごもり」と呼びました。
また大晦日のことを「大年」「年の夜」「年とり」「年越」などという言い方もあります。陰暦を使っていた昔は、太陽を基準に考えず、一日の境を深夜十二時ではなく、日の暮れで決めていました。大晦日が暮れると新年になりました。
そして大晦日の夜は厳しく物忌みして終夜起き明かし、新しい年の歳徳神を迎えました。地方によっては、寝ると白髪やしわがふえると信じられいました。大晦日の夜は寝ずに明かすのが昔からの風習でした。また、神社に参籠して新年を迎える地方も多く、この風習が簡略化されて夜中に参拝するようになり、初詣の習慣と重なりました。

除夜の鐘と年越しそば

年越しの行事といえば、一家揃って「除夜の鐘」を聞きながら「年越しそば」を食べるのが古くからの習わしです。もっとも「年越しそば」は深夜でなく、もっと早く食べててもいいのです。もともと新年は日暮れとともにすでに来ているからです。
「除夜」とは、この夜に旧年の穢れ、煩悩を除くという意味があります。「除夕(じょせき)」ともいいます。これは旧年は夕方で終るという考え方から出ています。
古代インドでは、百八 やその他大きい数字は大抵「大変多い」という意味を表す使い方をされていまして、数字自体にはあまり意味はありません。煩悩については他に「八万四千の煩悩」という表現があり、これは「煩悩は大変多い」と解釈すべきでしょう。
除夜の鐘を 百八回ならす習慣は中国に始まるものですが、その百八のいわれは 十二ヶ月+二十四節気+七十二候で 百八というものや、眼(げん)・耳(に)・鼻(に)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の六根×好(気持ちがいい)・悪(いやだ)・平(何も感じない)の三種×浄(きれい)・染(きたない)の二種×現在・過去・未来の三種で百八とするものなど色々ありますが、すべて俗説のようです。
世俗では「四苦八苦」をもじり掛け算の四九(四苦)三十六、八九(八苦)七十二を合計すると百八になるいう数字合わせもあります。
「除夜の鐘」は百八回鐘をついて旧年の百八の煩悩を突き出して追い払う意味があり、百七回は旧年中につき、最後の一回は新年につくのが習わしとなっています。
「年越しそば」をなぜ食べるのかは、二つの根拠があります。一つは、そばの長さにあやかって延命長寿を願い、また家族の縁が末長くつながり、幸福が末長く続くようにという願いがこめられています。もう一つは、金銀細工の職人は金箔を延ばすのにそば粉を用います。また仕事場に飛び散った金粉、銀粉を集めるために、熱湯で練って作ったそばだんごを床にころがして、そばだんごに金粉、銀粉を付け取ったあと、そばだんごを焼いて灰にし、残った金粉、銀粉を集めたものです。
こうして、そばは金銀を集めるという縁起が生まれ、新しい年には金銀がたくさん集まるようにという願いをこめて、年越しそばが食べられるようになりました。

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